伝統の国イギリスへ【イギリスへの道パート1】

“イギリスへどんな形で入国するか”
今回はこれにちょっとこだわってみました。
勿論、ヒースローに到着しロンドンに入るというノーマルなルートも考えましたが、その昔、船でグレートブリテンに入った歴史的先人達のようにドーバー海峡を渡ろうと決めました。
では何故に海を渡るのか?
それは僕がオーストラリアを一周したことから始まります・・・。

15世紀、オーストラリアにはイギリスからの移民が渡ってきました。
そしてその移民達が中心となってオーストラリアという多民族国家を作り上げた訳です。
そのオーストラリアを長い間旅していて、
『この国の人々の考え方の原点はどこにあるんだろう?人間と自然の共存の中に生まれる、フェアゴーの精神(簡単にいうと、”みんなフェアーにやっているか”ということなんですが)の源はどこに?』という疑問が生まれてきたんです。
そうなると、ルーツを探したくなるのが僕、柴俊夫なんですねェ。
それがグレートブリテンにあるらしいということなんですから、これは行かないわけにはいきません。
そして、どうせやるなら昔のように海からその国に入るという時代的な方法をとるのがベストだと思い込んだ訳です。
ノスタルジックな手法とでもいうのでしょうかね?
で、海を渡ることにしたということです。

まずフランス側、カレーの断崖からグレートブリテンを眺め、感傷に浸る。
行くぞイギリスよ!待っててくれ!なんて・・・。
もちろん、これまでにも何度も何度も訪れているイギリスなんですが、今回は今までと違ってモチベーションが数倍高いところにあることに、自分でも驚いてしまいました。

フェリーに乗ること1時間ちょっと、目の前に悠然とそびえる白い断崖が飛び込んできました。
通称、”ホワイトクリフ”。
グレートブリテン島の古い呼び名は『アルビオン』。
ラテン語で『白い国』という意味らしいんですが、多分、初めてこの国に入った異国の人達があまりにも印象的だったので、そう名付けたのでしょう。
残念ながらその日は天気が悪く、光りが少ないせいか『白い国』と感じることはできませんでしたが。
因みに今ではユーロトンネルだと20分くらいでドーバー海峡を渡ることができるんです。
青函トンネルを走る電車のように、車を載せる方法で。
あっ、そうそう、この時イギリスでは狂牛病が流行っていたので、車は電車に載せる前に消毒液のプールを通過しなければいけないとのことでした。
この時点まですっかり忘れていたのですが、日本を発つ時、『狂牛病の真っ只中の地方に向かうのだから、牛肉を食べるのだけは避けようね』と、スタッフの間では暗黙の了解ができていました。
そして、今回のイギリスの旅の心のありかたとしては心に贅沢な旅をすること、つまり、高級ホテルに泊まり、買い物をしてということではなく、自分で探すB&Bに泊まり、のんびりとゆったりと移動しながら、何故イギリスは美しいのかを探ること。

本来なら、まずロンドンを紹介して前に進むのが道筋なのですが、大都会を好きになれない僕は、ロンドンを通過点ということにして、ロンドンから西へ2時間、ハートオブイングランドとして親しまれているコッツウォルズ地方へと車を走らせました。
因みに今回乗る車は、イギリスを代表するジャガーのXタイプというやつです。
これも僕のこだわりからで、好きなジャガーで田園地方をドライヴするというのが前からの夢でもあったんです。
そうですよね、イギリスに来たらイギリスの車に乗らなきゃね!?
日本車やドイツ車じゃ気分が乗らないじゃないですか。
結構気分を大事にするタイプなので、ディレクターにお願いしたんです。

気持ちの良い田園風景を窓外に見ながらの約2時間、徐々に自分がイギリスに同化していくようで、嬉しくなっていくんです。へへへ。
時たま車内に入れる爽やかな風を気持ちよく受けながら、レイコックという200年前から変らぬたたずまいの小さな村に到着しました。
ここは、ナショナルトラストが保護している素敵な村なんです。
ナショナルトラストとは、歴史的な遺産や美しい自然を保護することを目的に100年前に創設された民間の組織なのですが、ここは初期のナショナルトラストが手掛けた村なのだそうです。
無秩序な開発から自然を護るために、民間人がお金を出し合って所有者になり維持していく、美しい自然はいつまでも共有地として私物化しないという精神が貫かれているんです。
今では所有している土地の広さは大阪府にも匹敵するんだそうです。
そして驚くことに会員は250万人を超えているんです。
正確な数字ではないんですが、日本ナショナルトラストの会員は1万人にも満たないそうで、残念無念!!
土地が高いせいもありますが、日本という民族性を考えると、まァそれだけじゃないでしょうがね。
ナショナルトラストの仕事はまだまだあって、古い屋敷を保存したり、町全体の景観を護ったり、個人の家の修理に立ち会ったり、『規定から外れないように』環境に良いグッズを売ったり、と。
などなどなど、レイコックの村はトラストを代表するところなので、村の中を歩いていると200年前にタイムスリップしているようだし、何故か心が落ち着くんです。
『今日はこの町の一番古いB&Bに泊まるぞ!!』と決め、探しはじめました。

・・・・・続く
2002.11.28

伝統の国イギリスへ【イントロダクション】

本来は『オーストラリア1周』の後に、『イギリス篇~PART1~』から始めるつもりだったのですが、”道浪漫”での放送もあることですし、リアルタイムの方が皆さんも楽しめると思い、『伝統の国イギリスへ~イントロダクション~』としてアップしました。
いずれ、本編PART1、PART2としてアップしていきます。

先ず、何故、僕がイギリスを選んだかです。
これまで僕はイギリスを何度も訪れて、そうですね、ホームステイしたくらいですから、かなりいろいろと知識を持っていたわけです。
それなのにまた何故?
それは『好きだから!』
そう、”好きだからもっと深く知りたい”、そんな探究心が第一の要因です。
それと、オーストラリア1周したことにより、その国の大半を占める人々のルーツを知りたくなったということなんです。
ですから、イギリスに入国する時の形にもちょっとこだわりました。
大陸側から、それも歴史的にいつも意識しあった国、フランスからの入国です。
ドーバー海峡をカレイから見て船で渡り、白い壁の国グレートブリテンへ。

ここでまず話しておかなければいけないことがあります。
それは、40歳になる以前は、イギリスという国が大嫌いで、まるで興味が無かったということです。
今考えれば、ただ、ただ、人からいわれたことを鵜呑みにして毛嫌いしていたに過ぎません。
『イギリスという国はいつも天気が悪く、雲が暗く垂れ下がって寒い。食事も不味く、滞在していると痩せてしまう。人々はプライドが高く、日本人なんて見下ろされてしまう。』と。
でもやはり、何でも経験してみないとわからないものです。
勿論、最初の印象というものは大事ですが。
ラッキーなことに、初めて訪問した時の友達が、『友達の紹介でガイドをお願いした人、でもその方はプロのガイドではありません』という、素晴らしいイギリスのジェントルマンだったんです。
まだその頃は、残念ながら人を頼りにしなければその国に馴染めなかったんですね。
しかし、人の影響によってこんなにイメージが変わるのかっていうくらい、イギリスは僕に近づいたんです。
それからは、もう少し知りたい、あそこを訪れてみたいと欲が出てきて、そんなことをしているうちにイギリスにハマったわけです。

ここでイギリスが好きな訳を羅列してみたいと思います。
安易な方法で申し訳ありませんが、概略だからいいでしょう?
ねっ、皆さん?
1.道に趣きがある。
丘が多いせいか、変化に富んだいろいろな顔を持つ道があって飽きない。
そんな道を音楽を聴きながらドライブをしていると、気持ちがゆったりしてきて、更に前に行きたくなる。
夢の彼方へでも行く感じになるんです。
日本の4分の3の国土なのに、山が少なく全てに広く感じるせいもあるのでしょう。
でも、ロンドン、バーミンガム、リバプール、グラスゴーなど、大都会周辺はどの都会と比べても一緒ですが。
それでも、ちょっと離れただけでそんな道を楽しむことができます。
この国の道は、生活の必要性から出来たものなので、真っ直ぐの道が少なく、自然と上手く調和しているので、美しい道が多いんです。
それに、地方、ウェールズ、湖水地方、ローランド、ハイランドなどは、ストーンウォールが仕切りを作っているので昔ながらの雰囲気を残してて、歩いたりするとタイムスリップしたような気持ちになります。
勿論、家並みにも規制があるので、何百年と変われなかったせいもあったのですが。
何故、道がこれほどイギリスを好きにさせる要因なのかというと、皆さんも車で走ってみればわかります。
本当にイギリスならではの景色なんです。
あっ、それと、海岸近くの道のことですが、道の上に海があり、その上にどんよりした雲がある。
こんな景色もイギリスならではのものであり、決して忘れることのできないものです。
これらの景色は、イギリスを訪れると必ず見てみたいもののひとつなってしまいました。
皆さんも想像してみてください。
そう、ピーターラビットの絵本に出てくる景色ですよ。

2.伝統と革新を常に大切にし、国の在り方に誇りを持っている。
イギリス人はケチです。
なかなかお金を出そうとしません。
でも、ドケチではないんです。
日常が質素なのでそう見えるんですね。
食べることにあまりお金を使おうとはしません、普段は。
でも、サンデーランチなどには、普段の2倍、3倍のお金を使い、皆で楽しみます。
まァ、使いどころを心得ているという方が正しいのでしょう。
こんな人達ですから、古いものを大事にしますね。
家なんかは100年、200年、300年と使いますからね。
これは、石の文化圏ということで、石で作られた家なので長持ちするのが当たり前なのですが、それでも綺麗に修理しながら、”後100年以上は”という気持ちは充分に計り知ることができます。
また食事のことになりますが、僕がエジンバラにホームステイした時のことですが、あまりの量の少なさに3週間で4キロ近く痩せてしまったんです。
何ていったって、日本にいる時の半分の量しか取れないのですから。
お腹が空いて空いて、眠れないほどでした。
でも、体調はすこぶる良かったんです。
頭を使うにも最高の状態を保持でき、勉強もはかどりました!?
先ず、衣食住から捉えるのがベストの方法だと思い、身近なことから書いたわけですが、物を大切に長く使うことは、人々が質の良い物を求めているということです。
つまり、多少高くても、それに合った物を作ることが、ブランド品を作り上げるということなのだそうです。
形、美しさ、勿論そのことも大事なことではありますが、使う側にとって全てにプラスになることを考慮して作り上げたものが”ブランド品”なのです。
人気のある商品、すなわち、ブランド品。
ちょっと僕達も一度考える余地がありそうですね。
何かそんな考え方をすると、イギリス人の食事のことも、理解が出来そうじゃありませんか?
上手く、美味しいカロリー過多な料理を作ることは、実は体にとってプラスになるものではない、だから少なく質素なイギリス料理を作り上げた。
これぞイギリス料理の真髄。
ちょっとこじ付けっぽかったかな?
こんな考え方が国民の中に根付いているのがイギリスなのでしょうか?
“伝統”、外から見ると、石頭な人達が持ち続ける古きものといった感じがしますが、ある意味では、普遍的要素を持ち、繋げて行かなければならないものなのでしょう。
僕は好きであります。
イギリスにとってもうひとつ忘れてならないのが”革新”という言葉です。
古きものを大切にしながら、明日への糧になるものを求める。
その為に、文明の進歩をさせる努力を怠らない。
産業革命。
この国からは、いろいろな文明の利器なるものが作られました。
ある時期、いつの間にかに、世界の中心に位置する国になっていた訳です。
対海外戦略。
ある人にいわせれば、海賊行為であるといいますが、果たして日本人にその積極的な行動力が本質的にあったのだろうか?
勿論、国単位での発想からですが。
僕は、こんな生き方をしてきたイギリスが大好きであります。
でも皆さん、ここで考えてみてください!
スケールは多少違うとしても、どこかの国の少し昔にもあったんではないでしょうか?
古きものを大事にし、新しきものを知る。
伝統と革新、それを誇りに持ちながら生きる。
何故か、昔教えられた良きものが、僕達日本人が忘れかけているものが、このイギリスには残っているようで好きなんです。
信じられますか?
共同開発ですが、コンコルドを作った国ですよ!女王陛下の国ですよ!

3.誇りを持つことが精神を平等にさせている。
イギリスという国には階級に近いものが存在しているのですが、何かを成す時、その人の持つ人間としての誇りを尊重するので、行動は平等でいることができるんです。
まァ、そうはいってもイギリス人の友達にいわせれば、人種的差別は職業の中に存在してしまうそうですが。
たまに目にすることがあるのですが、貧しい格好をした人が、精一杯のジャケットを着て、自分よりもアッパーな人と話を交わしている姿を。
相手の目を直視して、背筋を伸ばし、対等でいる姿を。
たまたま今は不遇の状態なだけで、人間として劣る訳ではないと。
人間としての誇り、この人はどんな場所に行こうが、同じ言動をするのだろうと思った瞬間、自分の居方、社会での自分の態度、考えさせられるものがありました。
これはほんの街角での出来事でありますが、イギリス人の持つ誇りを語るには、良い光景であると思います。
媚びなければ上手く進まない日本の社会、頑固であるけれども、それは誇りを持っているが為のものであり、そこには可愛らしささえも持つイギリス人。
そんなイギリスも好きです。

とりあえず急ぎ足で、僕のイギリス感を述べましたが、後日、旅行記としてのイギリスをアップしたいと思います。
もし、アクセスしてくださり、質問がありましたら、掲示板に書き込みしてください。
出来る限り対話をしていきたいと思いますので。
ちょっと長めのテキストでしたが、お付き合いありがとうございました!

・・・・・続く
2002.06.24

オーストラリア1周25,000kmの旅【北部パート4】

9日目、トップエンド、カカドゥへ。
400kmの寄り道でアボリジーニの聖地を訪れてみることにしました。

東京都の6倍の面積を持つその聖地には、最古のもので2万年前の絵、X線画を岩の壁面に見ることができました。
自分達独自の表現方法は、時代を超えたメッセージを感じることができます。

現在はオーストラリア北部に多く住んでいるアボリジーニは先住民だったという証を強く刻んでいたわけです。
そのアボリジーニが多く住むこの地域には、アボリジーニのコミュニティが経営する宿泊施設があります。
ホテル全体に慎ましく誇示しているアボリジーニの文化は、何となく自分達の国における立場に置き換えているようにも思えます。
もっと前面に押し出せば良いのにと思うくらいです。
その夜ディナーの後、テリーの発案で明日の朝アンバングバング湿原へ行って、夜明けを見ながら朝食をとろうということになりました。
その湿原の動物達の初動の情景は素晴らしいというので。

翌朝4時に起床して、日の出が見られることを祈りつつホテルを出発。
ヒンヤリと肌寒く感じる朝、薄手のコートを着て野鳥ウォッチ小屋で眠い目をこすりながら無言で待機。
薄暗い世界の中から聞こえてくる鳥の囀り。
何かの動物が動き出すガサッという音。
徐々に徐々に東の空が明るくなっていき、輪郭が見え始めた湿原。
再び目を東の空に向けると、薄紫から少しずつ赤く変化していく雲。
その空間を遮って飛び立って行く水鳥たち。
その水面をゆっくりこちらに向かってくるワニ。
それに気付いたように水草から飛び立つカワセミの一種。
生きているという実感を抱かせてくれる湿原の1日の始まり。
森の向こうから顔を出して背伸びしている太陽、その顔は段々紅潮していき、周りまで赤く染め上げ、やがて見えるもの全てにエネルギーを吹きあてている。
それを受けたものはヤル気を起こし背伸びをする。
なんて美しい朝なんだろう!
絵には描けなくとも、目に焼き付ける。
なんて素晴らしい1日の始まりであろうか!
こんな贅沢な朝食をとっていいのかなぁと、テリーと同調してしまいました。
やはり、僕たちは運が良いのでしょうか?
そうですよね、いろいろな条件が合致しなければ、こんな朝は迎えられないんですから。
さすがにこの日は少し睡眠をとってから、僕等の好きな『滝』を見に行くことにしました。
ジムジムフォール、高さ200m、祭壇のような滝。
豪快に落ちてくる水は、見上げていると、怖さより神秘さを感じます。
やはりテリーは滝壷に向かって泳ぎ始めました。
水温は推測するに10℃以下、野生児テリーちゃん!
寒くないの?と訪ねると、うん、ちょっとだけだって。

11日目、相変わらずのブッシュファイヤーの中を走り、一路ダウインへおよそ400kmの旅。
今回は1号線を進むというより、北部の大自然の中を、『人とは何ぞや』なんていう哲学的疑問をぶつけながら走り回ったような気がしました。
勿論、答なんて出てはこないんですけどね。
まぁ、ひとつだけ感じたことといえば、自然が僕に『そんなに急いだ人生を送ってどうするの?』と問い掛けたことでしょうか・・・。

終わり
2002.06.14

『ダーウィンの旅』様、補足資料として画像使わせていただきました。ありがとうございました。

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